44

年度選手名
1953北岡功吉
1954-1955浜口猛
1956-1960吹田俊明
1962打越敏彦
1964-1965ディサ
1969ジムタイル
1973コギンス
1973ロバーツ
1975-1983三本政之
1984デュラン
1985-1989鈴木貴久
1990-1997光山英和
1997ラフィン
1998シャウス
1999佐藤裕幸
2000-エイバッド

 「44」は、日本プロ野球界では「42」と並んで外国人占有率の高い背番号であり、選手の活躍度から見れば外国人との相性がもっとも良い背番号であると言える。近鉄球団においても、「44」は「33」や「42」と並んで外国人がつけることの多い背番号であるが、不思議なことに「44」をつけてレギュラー・ポジションを獲得した外国人選手は過去に一人もいない。初代「44」は、1953年に入団した堺工業高出身の北岡功吉投手であるが、一軍での登板機会がないまま同年退団した。

 1954年から2年間「44」をつけたのは、明石南高出身の浜口猛投手である。浜口は入団2年目の1955年に一軍デビューを果たし、それを機に翌年「23」へ昇格した。

 1956年からの5年間は、富田林高からプロ入りした吹田俊明投手が「44」をつけた。吹田は1957年からの3年間で78試合に登板して3勝14敗の成績を残したが、1960年に退団して大阪鉄道管理局に就職、アマチュア球界に復帰した。その後、1962年に国鉄へ入団してプロ再デビューを果たし、球史に名を残した。

 1962年に「44」をつけたのは、この年中日から移籍してきた打越敏彦外野手であるが、一軍の試合に出ることなく同年引退した。

 1964年のシーズン途中、東京から移籍してきたディサ投手が外国人として球団史上初めて「44」をつけたが、退団する1965年までにわずか9試合にしか登板できず、0勝1敗、防御率6.19という不本意な成績に終わった。

 3年の空白期間をおいて1969年に「44」をつけたのは、元大リーガーのジムタイル内野手である。ジムタイルは1960年から3年連続して大リーグのオールスターゲームに出場したほどの大物選手で、大リーグ通算759安打、179本塁打、549打点の実績を持ち、シーズン満塁本塁打5本の大リーグ記録保持者でもあった。しかし来日時には脚に故障を抱えており、65試合に出場して打率.256、8本塁打、16打点を記録するにとどまった。また、本塁打を放ちながら一塁ベース手前で左足肉離れを起こして代走と交代するハプニングでも球史に名を残した。

 再度3年の空白期間をおいて1973年に「44」をつけたのは、前年までシカゴ・カブズに在籍していたスイッチヒッターのコギンス内野手であったが、わずか13試合の出場で打率.125、2本塁打、4打点と期待を大きく裏切り、シーズン途中で退団した。

 1973年のシーズン途中、ウェーバーでヤクルトから移籍してきたパナマ人のロバーツ内野手が「44」をつけた。ロバーツはヤクルトに7年間在籍して181本塁打を放った強打者だったが、外国人枠の関係で放出されることになり、コギンスに見切りをつけた近鉄が金銭トレードで獲得した。しかし、36試合の出場で打率.215、2本塁打と期待に応えることができなかったため、同年退団した。

 1975年からの9年間は、大阪経済大出身の三本政之捕手が「44」をつけたが、一軍出場機会のないまま現役を引退してブルペン捕手となった。

 1984年に「44」をつけたのは、メキシカン・リーグ(AAAクラス)から移籍してきたデュラン外野手で、24試合に出場して7本塁打14打点を記録したが、「母親の病気確認」という理由でシーズン途中帰国、退団した。

 1985年から5年間「44」をつけたのは、電電北海道からドラフト5位でプロ入りした鈴木貴久外野手で、2年目の1986年に一軍昇格を果たすと、翌1987年には右翼手のレギュラー・ポジションを獲得、五番打者として活躍した。

 リーグ優勝を果たした1989年のオフに鈴木が「2」へ昇格すると、「44」は前年まで「56」をつけていた光山英和捕手に受け継がれた。光山は1990年からの4年間で3度も盗塁阻止率1位を記録するなど強肩捕手として大いに活躍したが、1997年の開幕直前に中日へ移籍した。

 1997年シーズン途中、前年までシンシナティ・レッズで中継ぎ投手として活躍していたラフィン投手が入団して「44」をつけたが、わずか1試合に登板しただけで同年退団した。

 1998年シーズン途中、左腕投手補強のためにボストン・レッドソックスから移籍してきたシャウス投手が「44」をつけたが、13試合に登板して0勝2敗、防御率6.49という惨憺たる成績で同年退団した。

 1999年に「44」をつけたのは、前年オフに入来智投手との交換トレードで読売から移籍してきた佐藤裕幸内野手である。広島東洋時代の1994年にはウェスタン・リーグで首位打者になったこともある佐藤だが、近鉄では19試合に出場して10打数1安打と結果を残せず、同年オフには自由契約となった。

 2000年から「44」をつけるのは、前年までポータケット・レッドソックス(AAAクラス)に在籍していたキューバ出身のエイバッド外野手である。外国人枠の関係で一軍昇格は容易でないが、チャンスがあれば球団史上初の「44」外国人選手によるレギュラー・ポジション獲得に挑戦してほしい。


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