
ブライアント
Ralph Bryant
- 生年月日:
- 1961年5月20日
- 所属歴:
- アブラハム・ボールドウィン農業カレッジ→ロサンジェルス・ドジャーズ(1985-1987)→中日ドラゴンズ(1988)→近鉄バファローズ(1988-1995)
- 身長:
- 185 cm
- 体重:
- 94 kg
- 利き腕:
- 右投げ左打ち
- 守備位置:
- 指名打者、外野手
- タイトル:
- 本塁打王(1989,1993-1994);打点王(1993)
- リーダー:
- 最多得点者(1993);最多塁打打者(1989,1993);最高長打率打者(1989,1993)
- 表彰:
- 最優秀選手(1989);ベストナイン(1989=外野手;1993-1994=指名打者);月間最優秀選手(1988=8月,1989=7月打者,1992=5月打者,1994=7月打者)
- 主要記録:
- 連続打数本塁打4(1989=プロ野球タイ記録);シーズン三振204(1993=プロ野球記録);イニング三振2(1994=プロ野球タイ記録);連続試合三振31(1990=パ・リーグ記録)
- オールスターゲーム出場:
- 1990,1992-1993(1990,1992-1993=ファン選抜)
- オールスターゲーム最優秀選手賞:
- 1990(第一試合)
- コメント:
- 1981年にロサンジェルス・ドジャーズのドラフト1位指名を受けて入団し、1985年にメジャーに昇格した。1988年の5月に中日に入団したが、一軍には上がれず、翌6月に大麻所持で逮捕されたデービス内野手の代役として近鉄に移籍した。近鉄ではまもなく一軍に昇格し、わずか74試合で34本塁打を放つ大活躍を見せた(本塁打率は史上最高の7.85)。翌年も49本塁打(本塁打王)を放ち、とくに優勝争いの正念場の西武戦で4打数連続本塁打を記録する奇跡的な活躍でチームの優勝に大きく貢献、最優秀選手に選ばれた。さらに1990年にも史上最短の246試合で100本塁打を達成したり、東京ドームの天井のスピーカーに打球を当てて認定本塁打を記録するなどして話題をまいた。その後故障でやや低迷する時期が続いたが、1992年になって復活し、翌1993年から2年連続して本塁打王に輝いた。また固め打ちが得意で、1試合3本塁打を通算8度も記録(史上最多)、しかも最初の2度は1988年8月の1ヶ月間に、その後の4度は1989年の1年間に記録したもので、いずれも史上唯一の記録となっている。典型的な一発屋で、本塁打に比例して三振も多く、1990年にシーズン198三振の新記録を作った後、1993年に204三振をマークして自らこの記録を塗り替え、1994年6月には通算1000三振に史上最短の647試合目(従来の記録の半分以下)で到達してまたまた世間を騒がせた。しかし1995年6月に故障が再発したため帰国し、そのまま解雇された。
| 打撃成績 |
| 年度 |
背番号 |
守備 |
試合 |
打数 |
安打 |
本塁打 |
打点 |
盗塁 |
打率(順位) |
| 1988 |
16 |
外 |
74 |
267 |
82 |
34 |
73 |
1 |
.307 |
|
| 1989 |
16 |
外 |
129 |
494 |
140 |
49 |
121 |
5 |
.283 |
(14) |
| 1990 |
16 |
外指 |
108 |
412 |
101 |
29 |
73 |
4 |
.245 |
(29) |
| 1991 |
16 |
外 |
63 |
239 |
57 |
22 |
43 |
3 |
.238 |
|
| 1992 |
16 |
指外 |
119 |
448 |
109 |
38 |
96 |
6 |
.243 |
(33) |
| 1993 |
16 |
指 |
127 |
497 |
125 |
42 |
107 |
4 |
.252 |
(20) |
| 1994 |
16 |
指 |
105 |
437 |
128 |
35 |
106 |
0 |
.293 |
(9) |
| 1995 |
16 |
指 |
48 |
186 |
36 |
10 |
22 |
0 |
.194 |
|
|
| 通算8年 |
指外 |
773 |
2980 |
778 |
259 |
641 |
23 |
.261 |
|
参考・大リーグ打撃成績 |
| 通算3年 |
79 |
150 |
38 |
8 |
24 |
2 |
.253 |
|
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