近鉄阪急
日付試合結果勝率順位勝差試合結果勝率順位勝差マジック
6/93-5.7231-6-2.61725.0近M10
6/10 4-2.7291- 1-3.60426.5近M7
2-1.735
6/11.7351-11-4.61226.0近M7
6/123-11.7201-11-3.62025.0近M7
6/135-5.7201-5-5.62025.0近M6
6/142-4.7061-4-2.62724.0近M6
6/15.7061-.62724.0近M6
6/16.7061-.62724.0近M6
6/175-10.6921-3-1.63523.0近M6
6/185-2.6981-5-4.64223.0近M5
6/193-3西.6981-6-5.64822.5近M4
6/207-15.6851-15-7.65521.5近M4
6/213-5.6731-.65521.0近M4
6/222-3.6611-8-1.6611-急M5
6/23.66120.55-1西.6671-急M4
6/247-5.6671-1-8.65520.5近M2
6/2510-2.6721-.65521.0近M1
6/261-1.6721-.65521.0近鉄優勝
6/28 .6721- 3-3.65520.5
6-3.661
7/3.6721-1-2.65021.0
球団名略号:近=近鉄、急=阪急、日=日本ハム、ロ=ロッテ、南=南海、西=西武
勝差は首位チームとのゲーム差

 1979年の前期は、前年の後期最終戦で涙をのんだ近鉄がその悔しさをバネに好スタートを切り、5月29日にはなんと30勝9敗で早くもマジック18が点灯した。その後ややペースダウンしたものの順調にマジックを減らしていた近鉄は6月9日、大きなアクシデントに見舞われた。ここまで50試合で打率.371、24本塁打、60打点という驚異的な活躍を見せていた主砲・マニエルがロッテのエース・八木沢荘六から死球を受けてあごを粉砕骨折し、入院してしまったのである。その同じ日にエースの鈴木啓示も肩痛で登録抹消、投打の柱を失った近鉄は、楽勝ムードから一転してピンチに立たされた。翌日のロッテとのダブルヘッダーこそ連勝したものの、6月12日からの2位・阪急との直接対決3連戦で1勝もできず、6月20日の最後の直接対決にも敗れてゲーム差はわずかに1.5、さらにロッテ、日本ハムにも敗れて3連敗し、ここまで8連勝の阪急に同率で並ばれると同時に、残り試合数の多い阪急にマジック5を点灯されてしまった。翌23日、近鉄は試合がなかったが、阪急が西武に勝ったために、ついに首位から陥落してしまった。阪急のマジックは全勝の4。近鉄としては残り3試合に全勝して阪急の取りこぼしを待つしかなかった。

6月24日11回戦近鉄10勝1敗藤井寺球場(13,000人)
チームRHE投手リレー本塁打
南海0002120005100山内-佐々木-大石黒田2号
近鉄31000300X7102村田-柳田-板東石渡5号
勝利板東3勝0敗1S
敗戦山内4勝5敗試合時間3時間19分

 南海は山内新一、近鉄は村田辰美の先発で始まった。近鉄は山内の立ち上がりをとらえ、石渡茂の本塁打などで4-0とリードした。しかし中盤に入って村田がつかまり、6回にはリリーフした柳田豊が黒田正宏に2ランを打たれて4-5と逆転されてしまった。しかしその裏、平野光泰小川亨の連続二塁打で3点を奪って再逆転に成功し、投げては7回からリリーフした板東里視がみごとな投球で南海の反撃を抑え、勝利投手となった。
 この日、阪急は1-8で日本ハムに敗れて連勝が9でストップ、近鉄は首位に返り咲くとともに、マジック2を再点灯させた。残り2試合の南海戦を1勝1分以上の成績で乗り切れば前期優勝である。

6月25日12回戦近鉄11勝1敗日生球場(25,000人)
チームRHE投手リレー本塁打
南海000000020260平沢-松浦-杉田片平10号
近鉄05010121X10121井本平野10,11,12号、梨田7号、佐々木10号
勝利井本6勝2敗
敗戦平沢2勝7敗試合時間3時間5分

 南海はほとんど実績のない平沢隆好、近鉄は今季絶好調の井本隆の先発で始まった。近鉄は2回、白滝政孝、吹石徳一の適時打の後、平野が3ランを放って一挙に5点をリード。その後も、4回に平野の2打席連続本塁打、6回には梨田昌崇のソロ、7回には佐々木恭介の2ランと本塁打攻勢で着々と加点し、8回には平野のこの日3本目の本塁打まで飛び出して圧勝、投げては井本が片平晋作の本塁打による2点だけに抑えて完投勝利を挙げ、いよいよマジックは1となった。

6月26日13回戦南海1勝11敗1分大阪球場(32,000人)
チームRHE投手リレー本塁打
近鉄010000000180村田
南海000100000182佐々木-金城
試合時間3時間32分

 引き分けても優勝の決まる最終戦、近鉄は2日前に先発した村田、南海はかつての近鉄の主力投手・佐々木宏一郎の先発で始まった。近鉄は2回、梨田の適時打で先制したが、南海も4回、王天上が同点適時打を放つ。両投手の投げ合いで1-1のまま迎えた8回裏、南海は二死一二塁のチャンスをつかみ、ここで前年まで近鉄で活躍していた阪本敏三が中前安打を放った。二塁走者の定岡智秋は当然本塁をついたが、中堅手の平野がすばらしいダイレクト返球を見せてこれを刺し、勝ち越し点を許さなかった。近鉄は9回表に無死一三塁のチャンスを逃したが、村田がその裏を抑えて引き分け、みごと3年9ヶ月ぶりの(半期)優勝を果たした。最終戦での優勝決定は二シーズン制になって初めてのことである。この3連戦、光ったのはなんといっても平野光泰の攻守にわたる大活躍だった。

1979年6月26日現在の上位2チームの成績
順位チーム試合勝利敗戦引分勝率勝差残り試合
1近鉄6539197.672-なし
2阪急6238204.6551.0ロッテ3

 阪急は残り3試合に全勝するとゲーム差では0.5ゲーム近鉄を上回るが、勝率ではわずか3毛及ばないため、この時点で前期優勝の可能性が消えた。近鉄は上位3チームとはほぼ互角の対戦成績だったが、5位の南海と6位の西武にそれぞれ1敗しかせず、これらのカードで計19の貯金を作ったのが大きかった。しかし後期はマニエルのいない近鉄をしり目に阪急が首位を走り、マニエルが復帰した終盤に近鉄の追い上げを受けたものの、2ゲーム差で逃げ切った。プレーオフは4年ぶり2度目の阪急−近鉄の顔合わせとなった。


                   
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